目白大学卒業生対談 人間福祉学科卒 横塚喜伸さんと横關昌弘さん 前半

今回は卒業生対談ということで、人間福祉学科の同級生同士の横塚喜伸さんと横關昌弘さんのご友人同士の対談をお届けいたします。以前行った横關さんの過去のインタビュー記事は下記からご覧下さい。

同じ年に人間福祉学科入学生同士の対談

横塚喜伸さんの目白大学入学のきっかけと横關さんとの出会いと共感

横塚喜伸さんと横關昌弘さん

横關昌弘さん(以下、横關さん):ここから対談させて頂きます。20年近く前の話になるんだけど、大学入学の時からのことを皆さんに聞いてて、二つ聞きたいのは、まず東京の大学を選んだってところと、福祉学科って専門的な勉強ができる学科を選んだっていうところを聞きたいんですけど。まず何で地元から東京に行こうかなと思ったのかな。

横塚喜伸さん(以下、横塚さん):そうですね、地元はやっぱり田舎だったので、東京に憧れがあったっていうのが一番大きいですかね。

横關さん:なるほど。

横塚さん:群馬から出たいとかあったから、そこが一番ですかね。二つ目は、福祉はちょっと高校から興味があったのと、何となく一般職でサラリーマンとか逆に大変かと思ったんで。自分はおばあちゃん子だったんで、高齢者の人と接するのがいいかなと思ったってところですかね。

横關さん:なるほど。じゃあ、最初の志があって、あとは高齢者の方が、確か実習とかにも行ってたと思うので、最初から高齢者の福祉をやりたいっていう形で。入試は一般入試だったの? それとも推薦だったの?

横塚さん:推薦だと思います。

横關さん:推薦だったんなら同じ部屋にいたんだ。論文と面接のやつでしょ?

横塚さん:面接やってますね。

横關さん:じゃあ同じ部屋にいましたね。横塚君とは、一番最初に会ったのはフレッシュマンセミナーかオリエンテーションかなんかの時で、席が前後だったので、それで初めましてっていうのは覚えてて。その時にすごい印象残ってんのは、iPod? を持って使ってたのよ。「これがiPodかー」と思って。まだMDしか持ってない時代に初期型のiPodを持ってて、「これ使ってるってことは、結構音楽好きなのかなー」っていうのが最初の印象で。あとは静かな…。

横塚さん:よく覚えてますね。

横關さん:それがね、振り返った時にすごく思ったのでそれだったんで。その後…この後に聞こうと思うんですけど、バンド活動? とかも大学時代にやってて。そういうところから音楽が好きで、東京出てもそういうところもなかったのかなっていうのを感じてますけど、どうでしょうか?

横塚さん:東京への憧れみたいなのは地方出身としては実際あって、東京って賑やかだし、楽しいこともあるなってのはありましたし、東京でサークルでバンド組んでって、何となく憧れがありましたよね。

横關さん:それはね、やっぱり私も田舎の県民で、もう一人ね、千葉から来てた3人しかいなかったのかな?

横塚さん:そうですね。

横關さん:あとはほとんど自宅通学だったからね。それはすごく支えというか、私は仲間意識を勝手に持ってました。

横塚さん:地方から出てくる人はお互いになんかね、頑張ってたってのはありますよね。

辛い寮生活から学んだ経験

横關さん:それがあったので、みんなほとんどが都内から来てて、わざわざ一人暮らししてる人間ってあまりいなくて、その辺珍しい存在だったのかなっていうのを感じてますけども。

横塚さん:横關君はアパートだったから、さらに自立してる感じだったけど。

横關さん:そうそうそう。憧れでしたね。家からサンシャインが見えてってところで。じゃあ、その話でいえば、地方から上京した人が入れる寮に入ってたっていう…私は実際行ったことないんだけど、話だけ聞くとすごい体育会系の上下関係のあるところで、なかなか自分の時間が取れなくて、そこがストレスっていうか、そういうのもあったけど、でも一応東京に…学校に通うのに住まなきゃいけないっていう葛藤があったっていうのをすごい覚えてて。どうでした、ふり返ってみて。

横塚さん:そうですね。どうしても自宅から通えないし、アパートを借りるお金もなかったんで。そこは結構家賃も安かったんで、仕方がなくって感じですけども。県民寮で、昔からのしきたりっていうんですかね、先輩後輩がなぜかありまして、普通の…一緒の大学の先輩後輩だったらわかるんですけど、全然関係なく先輩後輩がなぜかあって、あいさつしないとどうとか、トイレ・お風呂掃除とか当番ができてて、締め付けっていったらあれなんですけど、最初の頃は大変でしたよね。一年生の頃は先輩から「おい!」みたいなことあったんで。

横關さん:なるほどね。みんなで初めて、GW終わったあたりかな、うちのアパートに5・6人で遊びに来た時に会ったの今思い出して、その時に私が学習机持って来てて、用意した時に、そこに座ってるのがすごいなんか悟りを開いていて無言だったのを今思い出して、そんなに自分の時間ないのかなっていうのがね、その時ちょっと思ったんですよね。

横塚さん:そうだったんだ。そっか…そんなに自分を追い詰めてた…

横關さん:そう、うちのね、学習机にね、座ってずっと悟りを開いて、無言でずっといたのはすごい覚えてて。

横塚さん:やばいね、疲れてたのかね。

横關さん:たぶん疲れてたんだと思う。

横塚さん:こいつ、大丈夫かなとか?

横關さん:いやいや、そうじゃなくてね。自分も一人暮らしでお金も仕送りもないし、自分でご飯作らなきゃなんないし、いろいろ自分でやってこなかったこと。家賃の支払いとか光熱費の支払いとか、そういうのを自分で全部やらなきゃいけないっていうプレッシャーはあったけども、ある程度最初の基盤を作ればね、パターンをつけてくるような形で、そこはそこで大変だった部分もあるけど、そこは自分で選んだ道だし、集団生活は私も選ばなかったので、できたけども、いきなり全然知らない先輩と関わることになって、このギャップだったりとか、多分元々は体育会系じゃないよね?

横塚さん:そうですね。

横關さん:なので、そういうところで逆に学んだ事っていうか、世の中の縮図みたいとこじゃないですか、そういうとこって。そこを経験したうえで、世渡りとか価値観みたいなのは変化ありました?

横塚さん:そうですね…私も入って半年ぐらいは、「全然学校も違うし、ただの寮なのになんでこういうふうに言われなきゃいけない?」と思ったんですけど、でも変な話、ずっと続いてることだから理屈じゃないんだって分かって、先輩からそう言われれば「はい」って、怒られないようにやっちゃうみたいな。「どうしようもないんだな」と思ったんで、もう怒られないようにエネルギーを注ぐっていうんですかね、掃除やっちゃうだとか、あいさつしちゃうとか、そういうのは社会の縮図じゃないですけど、「あ、これ、どうしようもないんだな」って思いましたけどね。1年間の我慢だなって思ったりもしましたし。そんな感じですかね。

横關さん:そこは4年間住んでたんですか?

横塚さん:4年間いましたね。

横關さん:4年間いたんだ。ちなみに、自分が先輩になったときに強権をふるったってことは?

横塚さん:自分からはなかったですね。下級生かわいそうだと思ったんで。自分はノータッチな感じで。

横關さん:そういう集団生活を4年間経験しちゃってんのは、人として…私はそういう経験がないので、どっちかっていうと自分で自分のやりたいことやってきた方なので、あまりない経験がないんだけど、例えば野球? 部活? 野球に限らずだけど、部活とかで寮生活をして、そこが一番大変だったけどそこがベースであったから今頑張れるんだ、みたいな話よく聞くので。それが社会人だと仕事だったりとかで…福祉って悩むことが私は多かったので、いきる部分、いきたなって、あれやっといてよかったなみたいな事ってあります?

横塚さん:そうですね、1年時は2人部屋だったんですよ。

横關さん:2人? 個室じゃなかったんだ!?

横塚さん:1年生のときは7畳2人部屋だったんで。そこは入って全然知らない人といきなり同じだったんで、お互いに悪く言えば干渉しない、良く言えば助け合うじゃないですけど、距離感の作り方っていうんですかね、難しかったですけど、お互いのために協力しあうじゃないですけど、深く入りすぎずみたいな感じはあったかもしれないんで。仕事も今は自分でやる部分と、協力する部分があるんで、ちょっとお互いの距離感の取り方が少しあったかもしれないですよね。

横關さん:イメージとして、二段ベッドみたいなとこの下が机になってて、上に寝るみたいな?

横塚さん:7畳縦長で、二段ベッドでその前に窓際に椅子が横並びみたいな感じ。

横關さん:そんな感じなんだ。プライベートがないみたいな。

横塚さん:ないっすないっす。

横關さん:それはそれは…大変な感じだったね。

横塚さん:1年間だけでしたけどね。

横關さん:1年生の時に相部屋だったって言ってたから、じゃあ2年生から一人?

横塚さん:そうですね。

横關さん:でも、そういうの苦労さってあんま出さなかったよね?

横塚さん:そう、あまり出さなかった。

横關さん:あまり出さなかったけど、じゃあ結構耐え忍んでたみたいな。

横塚さん:しょうがないかなって感じで。

横關さん:やっぱり、開放感ちょっとあった?

横塚さん:ありましたね。1人の部屋って感じで、誰もいないって感じですよね。

横關さん:なるほどね。それはね、地方から出て…全国的に見るとね、北関東って地方じゃないって言われんですけど、本当に地方から来た人間としては、結構東京の都心の方の学校だったので、ギャップと言うかね、自分の価値観を変えてかないと生きていけないんだなっていうのは、いろいろ感じた部分だったのでね。環境は違えど、同じようなところで一緒に勉強できたのは良かったなっていう部分がありましたね。

横塚さん:確かに。

目白大学在学時の学生生活は音楽とバイトと実習

横關さん:あと学校生活の方は、普通に必修の授業が多くて、毎日学校に…たぶん3年生ぐらいまでは来てたと思うんです。バンド活動は…サークルは、週何回?

横塚さん:週2ぐらいですかね。

横關さん:あと、音楽サークルに入りたいみたいな思ったきっかけとか、当時、いくつか入りたいサークルがあったの?入ったきっかけみたいなのをお聞かせいただければありがたいな。

横塚さん:きっかけは学内にサークル募集のチラシがあって、それを見たんですよね。見て、新入生歓迎のサークルの飲み会行ってという感じですね。

横關さん:それもう問題なく、学校生活に支障がないところでできた部分と、あとは楽器? 楽器だと、寮とかで練習する場所ない?

横塚さん:そうですね。

横關さん:楽器も多分買った思うんだけど、寮には置けたの?

横塚さん:寮に置けましたね。

横關さん:だから、そういうところでしか練習できないとなると、息抜きの時間でもあり、楽しみの時間でもあり、没頭できる時間でもあり、大事な時間だったのかなっていうのは、話聞いてて思いました。ちょうどあの時代、バンドブームでいろいろあったし。じゃあ、学祭とかでもやってたんだっけ?

横塚さん:学祭がだいたい発表の日みたいな。

横關さん:田舎から出てきて、学祭で演奏するっていう…

横塚さん:典型的なね、地方出身者の連想するね。

横關さん:いやいや、私はもう学祭にすら参加しなかった方なんで。

横塚さん:サークルとか入ってなかったら、なかなか学祭っていってもね。

横關さん:学祭で何かを一緒にやるって事は、1回もなかったかな。

横塚さん:ゼミとか以外だとなかなかないっすよね。

横關さん:そうね。あと、メジスタやってたっけ、一緒に。

横塚さん:最初の1年間だけ。

横關さん:そうだよね。思い出した、今。オープンキャンパスのご案内するスタッフみたいな、学生スタッフみたいな形でやってましたね。2年生…3年生くらいまでかな。いつまでやってかってのはあんまり覚えてなくて、1年、2年ぐらいの時かな。そこで他学科の友達とも知り合ったけども。オープンキャンパスがあったりするときは忙しいけど、その他はあんまり出なくてもよかったんで、それだけは参加したかな。それがもう何年前になるんだろうね、18年前とかになる。2005年の話なんで。

人間福祉学科に入って感じた勉強へのギャップとバイトとの時間のやりくり

横關さん:勉強以外の話が結構多かったんで、勉強の方をしてこうと思うんですけど、必修科目が多かったりとか、法律の勉強だったり、福祉でも障がいの勉強だったり、医療の勉強もあったり、いろいろあったじゃないですか。これって高校時代には勉強してなかったことだから、私にとって新鮮であったけども、「こういうことまでも知ってないといけないんだ」ってのが、私の学生時代の印象だったから、その辺はギャップじゃないけども、イメージしてた勉強と違った? それとも、こういう感じで進めてくんだなみたいな、勉強に対して何かありました? 気持ちとして、やっていく上で。

横塚さん:そうですね。必須科目でも医療面ですとか、昔でいうと法律関係があったりしたんで、「そういうの勉強するんだなー」ってあったんで、結構びっくりしましたね。福祉の高齢者とかそればっかだと思ったんで。犯罪とかも勉強するんだって結構びっくりしたんで。いい意味で発見になったんでよかったですけどね。

横關さん:うん。あの時、結構キャラの立ってる先生多かったですよね。

横塚さん:先生のキャラクターにはびっくりさせられましたよね。

横關さん:結構なんかもあったし、あとはよく言ってんですけど、先輩が…1期生しかいないから、ロールモデル…こうしていくんだなってイメージがあんまり湧かなくて、もう自分たちでつくっていくんだな、自分たちが主体になっていくんだなっていう感じがあって。そういうのはね、最初の方の我々1期生としての特権だったし、でももう少し頼る場所も欲しかったなっていうのは。資格の取得だったり就職だったり、その辺はちょっと感じた部分はあったかなと。

横塚さん:確かに。自分はサークルの先輩いたんですけど、皆さん違う学科の先輩だったんで、同じ福祉学科の先輩で就職をどうとか、話を聞く機会なかったですよね。そんな感じですよね。

横關さん:そういう感じだったんで、自分で色々調べたり、行動していかないといけないなっていうのはあったのは自分達だったかな。2年生で1回1週間ぐらい実習があって、3年生で長期の3週間くらいの実習、それは両方とも高齢者の施設?

横塚さん:そうですね、両方とも高齢者施設。

横關さん:それで実習関係の実技の必修は取れるっていう形で、社会福祉は今カリキュラムに則っていっぱい必修やっていくんだけど、我々のときはもう全員やらなきゃいけませんって感じなので、そういうところは逆に、ちゃんと見てもらったっていうか、同じ気持ちで勉強できたのかなっていうのは、振り返っても感じる部分はあって。
今の人間福祉学科では、社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士の養成課程を選択出来るみたいで、中には実習に行かない学生もいるみたいです。

横塚さん:教えてほしいんですけど、自分なんかは社会福祉士取って卒業って感じだけど、今の学生は社会福祉士を取んなきゃだめじゃないってこと?

横關さん:必修とか実習とかそういうのも、社会福祉士の養成課程も学生が選択できる感じのカリキュラムになってる。

横塚さん:学科的には社会福祉士の養成学科ってこと?

横關さん:養成学科なんだけど、それを選ぶ学生もいれば選ばない学生もいて、その辺は選べる…自由になったような感じなんですよ。

横塚さん:途中でちょっとやっぱいいやと思ったらとんでも…みたいな感じ。

横關さん:そう。そういう考え方もあるね。その時代と考えると、我々はみんなで必修とって履修して頑張ろうっていうね。それで高齢分野なんだ、児童分野なんだ、障害の方になるんだ、精神も取るんだってみんなやってたから、そういうところはね、我々のときとちょっと変わってきたなっていうのもあるけど、我々のときは我々のときで、気持ちはみんなで頑張ろうねっていうのは思ってたかなと。じゃあ、あとは…学生時代の思い出で覚えてること、今結構話はしてたんですけど、何かあります?

横塚さん:福祉学科って実習ばっかりしたんで、結構必修とかも多かったし、忙しかったっていう印象ですよね。必修やって、実習行って、バイトして、時間がなかなかなかったんですよね。

横關さん:確かに。服屋でバイトしてたよね?

横塚さん:服屋でバイトしてました。主に学校のサークルとか学祭関連で作るTシャツですね。学祭で使うようなユニフォームっていうかTシャツの受注のお店で、プラスそのお店のオリジナルのTシャツも売ったりはしてるとこですね。

横關さん:1回店に遊びに行ったことあるな。

横塚さん:中野とかに来てもらって。

横關さん:そうそう。仕事で「今日暇だったらさー近くなら行くよ」つって、行った覚えがある。たまたま時間があったので、「お客さん今いないからいいよ」って、それでちょっとおしゃべりに行った。 T シャツ屋さん、あの時代ってなかなかそういうのって身近じゃなかったんですよ。今はユニクロのコラボ T シャツとかあるけれど、あの当時ってあんまりなくて、インターネットはあったんですけど、そこまで気軽ではなかった。

横塚さん:そうですね。

横關さん:だから、そういうのもあったので、すごく新鮮でしたね。「あぁ、そういうコンセプトでやってる」…だから例えば、メーカーものじゃないオリジナル製品を作って出すみたいな。それって最近は当たり前じゃないですか。だけど、15年ぐらい前にはあまりなかったような業種だったので、珍しいなっていうか、こういう販売とかもやってるんだなって。アルバイト、ずっとそこだった?

横塚さん:2~4年生の約3年間ですかね。

横關さん:実習とかも忙しい中でっていう…

横塚さん:そうですね、実習しながらって感じだった。

横關さん:本当に、1個バイトとかもやらないとやってけないから、その時に有給が実はバイトもらえるって言うの20歳ぐらいで知って、それでそれ言ったらすげー社員っていうかマネージャーさんにすぐ嫌な顔されたんだけど、「このバイト代ないと大変なんです、家賃払えないんです」「それじゃ仕方ねぇな、じゃあ何日欲しいんだ」「じゃあ何日あるんですか」ってところから聞いて。「時間分だけあるよ」って言われて、それで調整しながら1ヶ月に渡ってやってたんで、「この期間は何日出るんで、ここを有給にしてください」とかって。それで社会の仕組みを覚えたとか。たぶん実習行かなかったら、有給使わないで「バイトだから有給ないよ」って言われて終わってたかなとも思うけど、家賃・生活費を稼がなきゃいけないけども、実習とかで時間を取られてしまうっていう時に、社会の制度ってこういうのあるんだっていうのを知ったっていうのもあったかな。

横塚さん:うまく使わないと、そういうのはね。

横關さん:すげー嫌な顔されたけど、「もういいよ」って、「あるよ、有給」って。

横塚さん:バイトで有給ね。

横關さん:それはね、できたかな。今思い出したんだけどね。

横塚さん:そういうのはね、使ってかないとね。

横塚さん、横關さん、ありがとうございます!横塚さんの寮生活はなかなか厳しいものだなとお聞きしていて感じました。お二人の同級生としての会話は聞いていて、二人にしか出せない空気感があるなあと感じました。後半は横塚さんの目白大学卒業後の進路についてお聞きしていきます。引き続き下記からご覧下さい。