福祉だけではなくお持ちの資格も多いジェネラリストの人間福祉学科同窓会の役員の横關昌弘さん

横關さんの目白大学入学のきっかけから大学時代のギャップがあったエピソードなどについてはインタビュー前半をご覧ください。

目白大学人間福祉学科卒業で人間福祉学科の同窓会の役員で素敵なスキルも多くお持ちの横關さん

卒業後に福祉の道へ~ジェネラリストへの自覚~

横關昌弘さんご本人

インタビュアー(以下イ):4年生時から卒業後についてお聞きしたいのですが。

横關昌弘さん(以下横關さん):私は公務員試験を受験し、全部落ちてゼミの関係で知り合った方のところに履歴書を送って受けたら受かりました。同時に当時は目白の福祉の大学院が無かったので、受かった児童養護施設で非常勤として働きながら、大学院に行こうと思いましたが最終的には大学院はやめました。中途半端になるのが嫌でした。児童養護施設で働く上で、たまに来るアルバイトさんのような感じだと子どもたちの施設に向き合わないといけないと考えてそのまま就職しました。児童養護施設には実習でも行き、自分で勉強はしていました。

児童養護施設では大変なことも起きるので、疲弊することもありました。勤務体系もバラバラなので、疲労がありますが、7年頑張りましたね。施設内で苦手だろうとなんであろうとスポーツの監督の担当になるので、子どもたちも付いて来ないこともありました。4年ぐらいあるスポーツの監督もやりました。キャンプの経験があったので、子どもたちの年齢もバラバラなので上手くいかないことも多かったです。最後の方にはこれまでのキャンプの経験を生かした行事を企画運営した際に、「あの行事は楽しかった」と言ってくれる子どももいて、やって良かったなと感じました。

イ:子どもたちの楽しいという声があるからこそ、やりがいがあるという感じでしょうか?

横關さん:そうですね。でも向き、不向きはあると思います。「養護」という社会的使命感でやっている方や仕事として割り切ってやっている方とそれぞれいらっしゃいます。平均3年と離職率は高いですが、長くいられる人は長くいられます。自分自身が嫌と感じたのは他の養護施設で働くということです。何かの行事や大会で養護施設の子たちと顔を合わせる確率が高いので、子どもの目線になったときに、信頼していた先生が他の養護施設でその施設の子たちを見ている。それが自分が子ども立場だったら仕事であったとしても嫌だなと思ったんですね。昨日まで自分の担当の先生だったのに一か月経って別の場所で別の施設の子たちを教えていたら、嫌だろうなと思いました。実際に同業種で転職している人は多いので、そんなことはないんですが、何でこの先生の言うことを聞いていたんだろうと思ってしまうと考えました。私自身は同じ法人の中で人事異動があり、事務職に職種変更したので施設の方はお別れをして本部事務局の方の仕事につきました。退職では無く人事異動だったので子どもたちにとってスムーズに受け入れられたのが良かったです。同じ法人で働いて今年の4月で14年目になります。

私は仕事をする上で70%主義という形を取っています。もちろん、100%その仕事に対して理解していることは素晴らしいです。ただ、業務が多岐に渡るため、知っていなければいけないことは、勉強しますが、全てやっても業務に活きなければ意味が無いので、この分野に関してはここまでと線引きをしています。各種問い合わせが合ったときなど、3つぐらいにまとめられるぐらいは勉強します。簿記やFPの資格も仕事に活きると思って取得しました。もちろん、一つの専門を深く追求するプロフェッショナルな方は素晴らしいのですが、私自身はジェネラルにやる方が自分に向いているので、仕事で関わりがある方々に迷惑がかからないようにしております。

イ:横關さんはジェネラリストのプロフェッショナルな感じがします。

横關さん:いえいえ。たまにやらかして全力で凹みます(笑) 失敗は2通りあって、経験の無さから来るものと慣れて来たからやってしまうものがあります。どちらも経験しましたね。怒られたり、励まされたりしながらやっています。責任が重い仕事もあるので、失敗しないように、色々な視点から見られるようにしています。

イ:横關さんの部下の方はどんどん仕事が出来るようになりそうで、良い環境ですね。

横關さん:残念ながら自分より年下は今の部署だといないんですよ。施設のときは、2年目から先輩みたいなことがありましたが。

横關さんにはインタビューの合間に趣味の車のお話や年間で30日は行っているスノーボードの話もお伺いいたしました。

目白大学在学生に向けて一言

社会には色々な人がいるんだよということを知ってもらえたらと思います。大学時代には様々な人との交流や自分を知る作業(自分自身何が得意で、何が苦手など)が大切だと思います。コロナ禍で学生生活が制限されていると思いますが、ゼミなどで意見討論しながら他者の意見と自分の意見の違いを知る事。そこから他者の考えを理解する事で分かり合える部分を探っていく作業を養って欲しいと思います。自分が100点だと思っても相手はそうでは無かったり、逆もまたあります。その作業をしておく事により社会に出てから、希望する業務が出来なかった時や職場の人間関係で躓いた時にリカバリーしやすいと思います。今、コロナ禍でなかなか対面での討論などはしづらい状況です。ですので、自分が何が得意で、何が苦手かということをイメージを持ち、決めつけ過ぎずに思っておくと、私のように一つずっとやって来たことでつまづいて進路変更したときにも、自分には他に何が出来るんだろうと別の道が見つけやすくなります。これだと決めたものにこだわり過ぎずに柔軟に考えられる思考を持ってもらえたらなと良いかなと思います。

もう一点なのですが、私たちはパソコンから入った世代ですが、今はスマホは得意だけど、パソコンが苦手な子が多いので、今はリモートで使うことも多いので、出来ていると思うんですが、どの職種であれパソコンで全世界に繋がることが出来るので一般的なスキルは身に付けておくと自分のためになります。

また、色々な人と繋がっていくと、自分の中で「この人は仲良く付き合えそうだな」、「この人はなんか合わない。自分が無理して合わせているな」と思うことも出て来ます。人それぞれの感覚があると思います。私自身も田舎出身ですが、田舎にいることが悪いことではなく、私の友人たちも茨城の田舎で立派に生計を立てている人はたくさんいます。東京に出なければいけないわけではありませんが、見識が広がり、この場所なら自分はこれが出来るんだなという部分もありますので、自分が決めたところで生きるのが良いですね。若いうちに選択肢を広げるためにいろいろ見ておいた方が良いと思います。

人間福祉学科同窓会のこれからの展望

私は卒業後より毎年欠かす事なく、ゼミの研究室に顔を出し近況報告と在学生の卒業論文作成の応援に行っていました。(指導教官が退官になる2020年度まで実施)特に仕事で挫折した時や違う道を考えた時などに現役の学生との対話で思い返す事もあり、気持ちの整理が出来たように思います。私自身は、卒業後に在学生や先生方と交流がありましたが、卒業後に会う友人がほとんどいなくて、集まるきっかけがなかなか無いからなのか、理由が無いからなのか、単純に関心が無いからなのかは分かりませんが、卒業後に交流を持つことはなかなか無いです。人間福祉学科卒業後に専門的な仕事をする上で、離職率も高い職種でつまづくことが多いという印象です。頑張り過ぎな人ほど自分を追い込んでしまう。そんな辛いときに相談機関という形では無いですが、2年前より新宿キャンパスで初の同窓会組織 人間福祉学科同窓会が発足し、せっかく同窓会という組織があるんだから、辛いときに関われるような場所を作りたいと考えました。オンライン上でもオフラインのリアルな場でもあれば嬉しいなと感じております。

先生方もそうだと思うんですが、一番寂しいのは、希望を持って就職したのに気が付いたら辞めてて連絡も取れない状態かなと思います。仕事やプライベートが上手くいっていればその話をしてもらえれば良いと思いますし、つまづいたら苦労している話って絶対あると思います。対人の仕事なので、何が失敗で何が正解ということも無いので、いっぱいいっぱいになり、コップの水が溢れたり、コップ自体が割れてしまったりがある世界なので、組織としてケアでは無いですが、集まる場所が出来れば良いなと、私の中では同窓会と言う組織が受け皿になると考えております。

私も人間福祉学科同窓会会長の大石さんも特に目立った学生ではありませんでした。目立った学生は大勢いました。ただ、同窓会の活動をきっかけにまた関われるようにしていけたらと思います。そして人間福祉学科 同窓会の基盤を作った後は、若いメンバーの後輩たちにバトンタッチが出来るように頑張りたいと思います。

横關さん、インタビューお答え頂き、ありがとうございました。人間福祉学科の同窓会が卒業生にとって心が休まる場所になっていくと良いですね。横關さんとご連絡を取りたいと思われた場合は同窓会事務局までご連絡下さい。